もどってきた千住大橋
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夏艸や 兵共が 夢の跡
(なつくさや つわものどもが ゆめのあと)
「つわものども」とはもちろん義経(よしつね)とその家来たちのこと。
兄の頼朝(よりとも)に追われ、平泉まで逃げてきましたが、頼りにした藤原氏の泰衡(やすひら)に裏切られ、ついに高館(たかだち)で討ち死にします。
功名を夢見た奮戦の跡も夏草に蔽われています。
芭蕉さんが訪れる500年も前のことでした。
芭蕉さんの感慨はともかく、ここでは絵本の主人公たちに、
つわものどもの代役をしてもらうことにしました。
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松島や ああ松島や 松島や
(まつしまや ああまつしまや まつしまや)
あまりにも絶景なので言葉が出てこない。
それで、「松島や~」と繰り返しただけの句、として有名です。
実はこの句、後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉さんの句ではないそうです。
でも、あまりに絶景なので、句が思い浮かばなかったのはほんとらしくて、
『奥の細道』に残っているのは、同行した弟子の曾良の句だけでした。
「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」
(松島湾の上を渡るときには、絶景にふさわしい鶴の姿を借りて渡りなさい・・・・・・)
鶴の祖先、プテラノドンみたいですけど。
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あやめ草 足に結ん 草鞋の緒
(あやめぐさ あしにむすばん わらじのお)
江戸を発って36日目、やっと伊達家、仙台に到着です。
昔はどこにでも俳人として知られる風流人がいたようです。
仙台で知り合ったのが、版木彫刻を生業とする北野屋加右衛門(かえもん)という人。
当地の由緒ある場所をいろいろ案内してもらって、選別に草履までもらいました。
紺の染緒は菖蒲の色。邪気を払うので、これからの旅路の無事を祈ります。
季節は旧暦の端午の節句でした。
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笠島は いづこ五月の ぬかり道
(かさしまは いづこさつきの ぬかりみち)
もうすぐ仙台。
芭蕉さんに代わって、子どものCGミニ芭蕉の登場です。
芭蕉さんは藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)の塚を訪ね訪ねたかったのです。
それで、五月雨の中、ぬかるんだ道を探し回ったみたいですね。
たいしたものは見つからなかったそうで、くたびれもうけ。
笠島ですから笠だけは昔風にしてみました。
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桜より 松は二木を 三月越し
(さくらより まつはふたきを みつきごし)
岩沼市はその昔、「武隈」と呼ばれたことから、この松は「武隈の松」の名で親しまれ、
多くの歌が詠まれてきました。
根際からふた方向に分かれているので、「二木の松」とも言われています。
実際の松は写真などで見るとけっこうヒョロヒョロなのですが、芭蕉さんの見たころを想像して植え替えてみました。元禄期でもすでに5代目の松。現在は8代目だそうです。
江戸を発って3ヶ月。待っていてくれたのは桜ではなく松だった、と言っているのですが、
「三月越し」を松越しに見える三日月にしてみました。
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笈も太刀も 五月にかざれ 帋幟
(おいもたちも さつきにかざれ かみのぼり)
福島の医王寺は源義経(よしつね)の家来だった佐藤継信(つぐのぶ)・忠信(ただのぶ)兄弟の菩提寺です。
二人は義経のために戦で死んでいます。嘆き悲しむ母を二人の奥さんが甲冑を身にまとって慰めたとか・・・
芭蕉さんは義経の大ファン。
そんな昔を偲びながら、ハラハラと涙を流したそうです。
寺には宝物殿があって、義経の太刀と弁慶の笈(今で言うリュックサック)が収められているそうです。
端午の節句も近く、あちこちに紙幟(こいのぼり?)も翻っている様子。
芭蕉さんもハイになって、太刀も笈もいっしょに飾ってしまえと思ったのでしょう。
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早苗とる 手もとやむかし しのぶ摺
(さなえとる てもとやむかし しのぶずり)
「しのぶもじずり」とは、乱れた模様の石に布を置き、上から忍ぶ草など葉や茎の色素を摺(す)りつけた染め方。
その昔、嵯峨天皇の皇子、源融(みなもとのとおる)が陸奥出張のおり、滞在した家の娘とラブラブになったのですが、都に戻らなくてはならなくなった。
娘はこの文知摺石(もじずりいし)を麦草で磨き、ついに融の面影を鏡のように石に映し出すことができたそうです。
結局二人は二度と会えなかったのですが、融ももぢずりのように心を乱された心境を歌に残しています。
みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに
百人一首で有名ですね。
芭蕉さんが訪れたころはもぢずりはすでに途絶えていたそうで、早苗をとる早乙女たちの手つきに、もぢずりの摺り手を偲んだのでしょう。
この石、昔は山の上にあったそうですが、石に摺りつけるため、麦畑の麦を取っていく不心得ものが多かったせいで、村人たちに谷へ突き落とされたそうです。
「恋しい人の顔さ浮かぶかどーか知らんけど、麦っこの方がだいじだべ」(村人?)
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世の人の 見付ぬ花や 軒の栗
(よのひとの みつけぬはなや のきのくり)
確かに栗の花って目に留まりにくいのです。西の木と書いて西方浄土にちなむとか・・・
画像には二本の栗の木を配置してありますが、
白い栗の花がおわかりいただけるでしょうか?
目立たない栗の花のように、ひっそりと隠れ住んでいる庵の主人への
ゆかしい気持ちを句に込めています。
この人、芭蕉さんが須賀川で俳句仲間の等躬邸に滞在したおり、
その裏に住んでいた僧で、可伸(かしん)といいます。
芭蕉さんのこの句で可伸も栗の木も一躍有名になってしまったとか・・・
皮肉な句でしたね。
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風流の 初やおくの 田植うた
(ふうりゅうの はじめやおくの たうえうた)
さあ、やっとこれから陸奥、その入り口、白河の関です。
でもこの時代、関所跡がどこにあるのか、といった程度・・・
もうその歴史的役割は終わっていたようです。
田植え歌を聞いて、やっと風流という言葉が出てきたくらい、
旅になじんできたみたいですよ、芭蕉さん。
田植え歌、聞いてみたいですね。
コンナ ウタカナ・・・?
♪ことしいねがなし ♪しし玉のみなり♪ ヤリガエー♪
♪ ハレ 吾嫁なる加那に ♪ま米たかさ ウレ♪
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田一枚 植て立去 柳かな
(たいちまい うえてたちさる やなぎかな)
乙女たちが田植えをしているのを、柳の木の下で見ています。
一枚の田んぼが植え終わったところで立ち去ったと言っているわけです。
問題はこの柳。
現在も芦野の中心から10分ほどの田んぼの真ん中にある柳。
芭蕉さんの時代でも「遊行柳」として有名な柳だったみたいですよ。
「遊行柳」は室町後期の観世信光が創作した謡曲のタイトル。
筋立ては、遊行上人(一遍上人)の前に柳の精が現れて、
その昔、西行の歌に出てくる柳の木の下で昔話を語ったり
舞を見せてくれたりするもの。
西行は平安時代末の漂泊の歌人。その歌は
「道のべに清水流るゝ柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」
芭蕉さんはとにかくこの西行を崇敬していたみたいで、
この旅に出たのだって、西行にそうとう影響されていたからみたいです。
だから田植えを見ながら、ここは昔、西行法師も立ち止まったゆかりの柳なんだなあ・・・
と、感慨を胸にめぐらせているのでしょうね。
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野をよこに 馬挽むけよ 郭公
(のをよこに うまひきむけよ ほととぎす)
那須湯本はもちろん昔からの温泉地。
現在もある「殺生石」を訪れて、
「温泉の出る山陰にあって、石の毒気いまだほろびず。チョウやハチが下の砂が見えなくなるほど、重なって死んでいる」
と記しています。
その帰り、館代より馬で送ってもらったわけです。
館代とは黒羽藩の留守居役。芭蕉さんの弟子でした。
だから師匠のために、運転手さん付きの社用車を手配して、お送りしたということなのでしょう。
その運転手さんが芭蕉さんに一句お願いしますとせがんだわけです。
それがこの句。
「野を横切ってほととぎすが飛び去った。馬の首をそっちにむけろ!」
といっているのですが、那須野を行くうちに昔の合戦の演習気分にでもなったのでしょうか?
そういえば、なんとなく西部劇風でもあります。
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木啄も 庵はやぶらず 夏木立
(きつつきも いおはやぶらず なつこだち)
「なんだ、 このバリヤーは!」
きつつきが叫びをあげました。
とてもくちばしが突き刺さらない庵のようです。
オーラのようなバリヤー・・・
庵の中で禅の修行をしているのはターミネーター。そう見えてしまいます。
実は仏頂禅師。鹿島根本寺(茨城県)の二十一世住職です。
芭蕉さんが深川にいたころ、江戸に仮住まいをしていた仏頂禅師と運命的な出会いをして、川向うの臨川庵に参禅する日々を送ったそうです。
その敬愛する師が修行したと話していたのがこの臨済宗妙心寺派の雲巌寺。
今でも、「この寺は観光の場ではなく、信仰と修行の場である」って書いてあるそうですよ。
お釈迦様の頭上(仏の頂)に宿るのが仏頂尊・・・
知恵に優れ威厳に満ちているけど無愛想で不機嫌な顔をしているそうです。
だから仏頂面(ぶっちょうづら)って言うんですね。
この仏頂禅師も怖い顔をしていたんですかね?
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夏山に 足駄をおがむ 首途哉
(なつやまに あしだをおがむ かどでかな)
トム・ハンクス主演のフォレストガンプという映画があります。
彼はある日、急に走りたくなってどんどん走っていきます。アメリカ大陸の太平洋岸から大西洋岸まで走って、また戻ってきます。それを何回か繰り返しているうちに、一緒に走る信奉者が増えていくのです。そこに何か宗教的なものが感じられたのでしょうか?
日本にも1300年以上昔、飛鳥時代、大化の改新のころ、そんな人がいたみたいです。
役の行者といわれる役小角(えんのおずぬ)という人。
小さな虫を踏むこともなく、道の修理もせず、生命とそれを育む自然を大切にした山登り大好き人間。
やはり信奉者が出てきて、山岳信仰が育まれていきます。
中高年の登山がさかんですが、人間、齢を重ねるとともに、自然の息吹に触れたくなるのはわかるような気がします。
今でも修験道の開祖といわれ、この役の行者を祭るお寺は全国各地に存在します。
芭蕉さんが訪れた黒羽の行者堂があった修験光明寺は今はもうないそうです。
これから行く奥州の山々を思って、行者さんの健脚にあやかりたいと、その足駄(げたのことでしょう)を拝んでいるところです。
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暫時は 滝にこもるや 夏の初
(しばらくは たきにこもるや げのはじめ)
日光の東照宮に参拝した次の日、芭蕉さんは裏見の滝にやって来ました。
滝の裏の岩屋に入って、一人で静かな気持ちになることを仏道では夏籠(げごも)りと言うそうです。
そんなイメージを作ってみました。
実はこの画像の前に、3Dだけで作って、滝の外から光線を当ててみると、滝の水の中に顔が浮かび上がりました。
顔に見えるのは私だけですかね・・・
いかがでしょうか?
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あらたうと 青葉若葉の日の光
(あらとうと あおばわかばの ひのひかり)
日光の東照宮まで来た芭蕉さん。燦燦と日の光がふりそそぐ新緑の中で、徳川様がとても尊く感じられたようです。
素直すぎる句。本心でしょうか?
芭蕉スパイ説もあるのです。
もしかしたら世を忍ぶ、上べだけの感慨だったりして・・・
なんて、考えすぎですかね。
でも画像は、陽明門を照らす日の光の中に徳川様が重々しく浮かび上がるのです。
芭蕉さんは感激しています。
この芭蕉さん。つくってみたら意外と若くなってしまって・・・
いずれお顔はお見せいたします。
ヨンさま系・・・
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其日漸草加と云宿にたどり着にけり。
(そのひ ようよう そうかというしゅくに たどりつきにけり)
江戸を発った芭蕉さんと曾良、ようやく埼玉の草加まで着ました。
でも草加では泊まらず、通り過ぎただけだったそうです。
句もなさそうなのですが、現在の草加市、旧日光街道には芭蕉さんの銅像がありました。
ここは自宅から近いので、出かけて写真を撮ってきました。
松並木の街道はよく整備されていて、日本百名道のひとつになっています。
銅像の芭蕉さんを歩かせてみました。
するとうちの息子がスケートボードでいきなり芭蕉さんを追い抜いたのです。
びっくりした芭蕉さん。そのときのスナップショットです。
1689年のこの日、芭蕉さんは春日部まで行って宿をとっています。
季節は春の終わり。
でも写真は1月。松がワラを巻いていますからね。
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行く春や鳥なき魚の目は泪
(ゆくはるや とりなき うおの めはなみだ)
前途三千里の旅の始まりです。深川から千住に船で上陸。親しい人たちは前の晩から集まって見送ってくれました。これから何が起こるかわからない、当時としてはもう今生の別れかもしれない旅立ちなのでしょう。
鳥も泣き、魚も泪を流して見送る情景です。
魚の泪はちょっと大袈裟ですが・・・
でもこの泪、3Dでけっこう手がかかっているんですよ。
それらしくないところもあるかと思いますが、ご感想をいただければうれしいです。
旅はまだまだ続きます。
絵本の本サイト
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草の戸も住替わる代ぞ雛の家
(くさのとも すみかわるだいぞ ひなのいえ)
「月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人也」で始まるあの「奥の細道」を絵本にしてみたらどうなるでしょうか?
でも絵は描かないで、写真やコンピュータソフトだけで芭蕉さんの俳句を表現してみようと思いました。
芭蕉は1689年5月16日に深川を出発しますが、旅立つ前にそれまで住んでいた家を売り払います。買った人には娘さんがいました。時期はちょうどひな祭りのころ。だからこの草庵にも人が住み替わることで、雛が飾られることになるでしょう、というのです。
こんな情景を想像してみました。
いかがでしょうか?
コメントをお待ちしています。
どこまで続くかわかりませんが、とにかく芭蕉さんと奥の細道へ出発してみます。
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詩的で幻想的な絵本
「月夜のバス」
杉みき子 作 黒井 健 絵
2002年出版 24ページ 偕成社
月夜の海岸に走る国道。
少年が一人歩いている。
国道は海に突き出た黒々とした岬の先から、ヘッドライトを次々に生み出している。
それがベルトになって、海岸の輪郭をふちどっている。
昼間はいる人影も、夜には見当たらない。
横断歩道での信号待ち。
前をトラックや乗用車、オートバイ、ダンプカーが通り過ぎる。
見慣れた路線バスが来た。
いつもと様子が違っている。
窓いっぱいの明かりは月光の差し込む海中のように青みがかっている。
少年はバスの窓をのぞきこんで、息をのんだ。
何を見たのか?
このバス、いつもの停留場に止まるんですけど、乗降客はいつもどおり。
少年に月光がいたずらした?
とても詩的な絵本です。
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「ときめき絵本ランド」にも来てみてください。
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チェロの音が聞こえてきそうな絵本
「1000の風 1000のチェロ」
いせひでこ作 2000年11月出版 32ページ 偕成社
一人の少年と少女のチェロを通じた出会い。
なぜか二人の気持ちがシンクロするのは、可愛がっていたペットとの悲しい別れがあったからかもしれません。
小さな二人の調べは、次第に大きな流れに合流していきます。
阪神淡路大震災復興支援「1000人のチェロ・コンサート」。
一緒に参加したおじいさんは、
町も家も家族も友達も、60年弾き続けたチェロもなくなって、
なくなった仲間が残したチェロを弾いていました。
その音色は二人の調べと共鳴していきます。1
000人が集まったとき、
1000の風が1000のチェロによって一つの心になり、祈りになります。
実際にコンサートに参加してチェロを弾き、
1000人の人たちをスケッチした作家の、壮大な音楽が聞こえてきそうな作品です。
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絵本の本サイトが立ち上がりました。
こちらにもぜひお立ち寄りください。
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パンもカラスもみんな個性的に描かれている絵本
「からすのパンやさん」
加古里子 作
1973年 1刷 2003年 270刷 32ページ 偕成社
いずみがもりで暮らす、からすのパンやさんに4羽の赤ちゃんが生まれました。
お父さんとお母さんは子どもたちの世話に大忙し。
お店はちらかったまま、黒こげパンや半焼きパンもできてしまう。
だからお客さんもいなくなり、どんどん貧乏に。
ある日大きくなった4羽の子どもたちが、そんなパンをおやつに食べていました。
それが友達たちの間で大好評。
みんなの意見を聞いて作るパンの種類もどんどん増える。森は大騒ぎになって行きます。
サボテンパンや雷パン、テレビパンってどんなパン?
絵を見てください。もっともっとありますよ。とても楽しいページです。
もっと見てほしいのは、たくさん登場するカラス。全部表情が違っています!
生きた個々の描写と全体への総合化が大切、と作者はあとがきで述べています。
なんと270刷。
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絵本の本サイトが誕生しました。
ぜひこちらにもいらしてください。
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スケールの大きな絵本
「海をかっとばせ」
山下明生 文 杉浦範茂 絵
2000年7月出版 31ページ 偕成社
今年から野球チームに入ったワタル。でもまだベンチ。
夏までには何とか試合に出たい。そこで秘密練習開始。
毎朝、海までランニングして素振り100回。
誰もいない海岸で練習していると、大きな波がワタルを襲います。
気がつくと一人の少年が立っています。
少年はワタルの話を聞くと、海に入って、波の向こうからボールを投げてきます。
ワタルは夢中で打ち返すうちに、観客の声援まで聞こえてきます。
逆転ホームランか・・・。
山下さんの作品は海を舞台にしたものが多い。
この作品も力強く、スケールが大きい。
杉浦さんの絵も迫力があって、波音が聞こえてきそうです。
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美しく懐かしい絵本
「きつねのぼんおどり」
山下明生 文 宇野亜喜良 絵
2000年6月出版 32ページ 解放出版社
盆の三日目。
「ぼく」は河口でつりをしている。お盆には、なくなったものの魂がこの世に戻ってくるという。
そのせいか、魚はちっとも釣れない。
後ろから声がする。お盆だから魚も盆踊りに行ったんだろう、と。振り返ると誰もいない。
対岸の向こうには黒い森が見える。かつて、きつねが住み着いた森。行ってはいけない森。
そこに雨が降ってくる。岸の小船に飛び移ると、雨がやみ、船頭がのってきて、舟は動き出す。
行き先は? 幻想的な盆踊りの世界。
きつねと人の影が入り混じって、歌の中からはかない物語が浮かび上がる。
きつねうどんの由来とも言われる信太山(大阪府和泉市)。
その盆踊りを題材に作者がアレンジして、美しく懐かしい作品になっています。
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語感とリズムがいい絵本
「かえるの平家ものがたり」
日野十成 文 斎藤隆夫 絵
2002年出版 40ページ 福音館書店
あの平家物語をどう描くのかって、興味津々ページを開いて読み出して、まず感心したのが語感。
リズムがよくて読む方も聞くほうも心地よい。
「祇園精舎の鐘の声」が「ぎおんの おてらの かねの おと」、
「諸行無常の響きあり」が「かぜが ふくと はなが ちる」、
「娑羅双樹の花の色」が「さらの き さらさら はなの いろ」、
「盛者必衰の理をあらわす」が「つよい かえるも ひっくりかえる」ですって、うまいですね。
こんな調子でがま爺さんの琵琶の音に乗って、物語りは語られていくのです。
さて源氏沼に住むかえるたちの敵は、もちろん平家、って一体なんでしょうか?
結局、やっぱり涙の平家ガニになってしまうのですが・・・。
古典も絵本にするとこんなに楽しくなるんですね。
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落語の絵本
「しにがみさん」
野村たかあき 作 2004年出版 32ページ 教育画劇
おなじみ落語の「死神」、絵本版です。
金に困って死のうとした男が死神に助けられる。死神から医者をやれと言われる。
病人の枕元に死神が見えれば助からないが、足元ならじゅ文を唱えれば助かる。
そのじゅ文は「アジャラカ・モクレン・キュウライス・テケレッツのパア」、そして手を二回パンパンと打つ。
男はだんだん金持ちに。ところが贅沢ばかりして、また金がなくなってくる。さて、起死回生の策は?
6歳の子どもに読み聞かせたらじゅ文が気に入ってしまい、すぐに覚えて、やたら「テケレッツのパア」って言っては手をパンパンと叩くのです。まるで我が家が落語みたいになってしまって・・・。
この「死神」、明治中期、イタリア歌劇「靴直しのクリスピノ」の翻案だそうですから驚き。
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平和を願う絵本
「マリアンナとパルーシャ」
東ちづる 作 2001年出版 41ページ 主婦と生活社
学校の近くで地雷を踏んだマリアンナの左足は曲がらず、もう走れない。妹も弟も地雷で死んだ。
市場でママといっしょに買い物をしていたパルーシャは、兵士に撃たれ右足をなくし、ママは死んでしまった。
そんな戦争をしている国の子どもに医療の手をさしのべるのが平和村。
非営利の民間団体で、運営は募金とボランティア。
この絵本は、テレビでもおなじみな東ちづるさんが、ボランティアで訪れた、ドイツ平和村の子どもたちの姿を描いたものです。
傷ついた子どもたちは一生懸命生きようとしています。みんな夢をもって・・・。
東さんがあとがきに書いています。
「平和村の子どもたちは、もうひとりの私たちなのです」
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わくわくどきどきのシリーズ絵本
「くろずみ小太郎旅日記」 その3 妖鬼アメフラシ姫の巻
飯野和好 文、絵 2000年8月初版 24ページ クレヨンハウス
小太郎は生まれて初めて海を見ます。その広さに感動していると、紫色の雨が降ってきます。砂浜には美しい娘がこちらを見つめています。でも、なにやら怪しい妖気が漂ってきて、小太郎は後ろに飛びのきます。娘は笑いながら大きなアメフラシに姿を変えるのです。「むーっ 妖しいやつ」 その姿、とにかく妖しすぎるくらい怪しい。アメフラシってご存知でしょうか? ウミウシのなかまの軟体動物です。30cmくらいのナメクジみたいなやつ。小太郎がすばやく七輪になって真っ赤な炭を飛ばしても、妖姫アメフラシは気持ちの悪い紫の汁で消してしまいます。小太郎の体がしびれてきました。小太郎危うし! 今回、小太郎はどうやって危機を脱出したのでしょうか? 20歳のころ、作者が実際にアメフラシと出会ったときの妖しい感動がベースになっているそうです。シリーズ3作目。
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勇気ある生き方を教えてくれる絵本
「とべバッタ」
田島征三 文、絵 1988年7月初版 36ページ 偕成社
バッタに襲いかかるカエル、クモ、ヘビ、トリ、カマキリたちが、まるでウルトラマンに出てくる怪獣たちのようです。そんな圧倒されてしまう迫力ある絵が展開していきます。バッタはいつもびくびく暮らしていました。ある日、そんなおびえながら生きていくのが嫌になったのです。そこで決意しました。岩の上でゆうゆうと日向ぼっこを始めたのです。案の定、「怪獣」たちが襲いかかって来ました。バッタはそんなことは百も承知です。襲われる寸前、死にものぐるいで飛んだのです。さあ、何が起こったのでしょうか。まさか! と思うほどバッタは格好いいのです。ウルトラマンになったみたい! でも奇跡は一瞬です。後は自分の力で何とかしなくてはいけません。格好が悪くたって、馬鹿にされたって、そんなこと気にしていられません。自分の足でしっかっかり・・・、じゃなく四枚の羽でしっかりと、でした。ぜひ子どもに読んであげたい、とても勇気の出る絵本です。
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余韻の残る絵本
「デューク」
江國香織 文 山本容子 絵 2000年11月初版 71ページ 講談社
デュークは、グレーの目をしたクリーム色のムク毛の犬。プーリー種という牧羊犬です。かわいがっていたデュークがある日死んでしまいます。「私」は21歳の女性。アルバイトをしているから学生かもしれません。悲しくて悲しくて、びょおびょお泣きながら歩いて、駅まで行って、電車に乗ってもまだ泣いています。そんな私を周りの人はじろじろ見つめています。そのとき、ちょっと私より年下くらいの男の子が席を譲ってくれます。男の子はただ黙って私を見ているだけです。男の子は、私が電車を降りても、乗り換えの電車に乗ってもそばにいて、とうとう終点の渋谷までいっしょでした。とうとう私は「コーヒーごちそうさせて」と言ってしまいます。そして二人のデートが始まりました。私の悲しみは果たして癒されるのでしょうか? 意表をつく終わり方がとてもしゃれていて、読後感が爽やかです。
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情景が美しく描かれた絵本
「せかいいち うつくしい ぼくの村」
小林 豊 文、絵 1995年12月初版 41ページ ポプラ社
すもも、さくら、なし、ピスタチオ。そんな花々が咲き乱れる春。夏にはそのふとった実をみんなでもぎ取ります。村中に甘い香りが満ち溢れる取り入れの楽しい季節です。ヤモは取り入れた果物をロバに乗せ、とうさんを手伝って町に売りに行くことになりました。村の季節の情景や町に向かう道の向こうにそびえる山々。そして町の市場のにぎやかな様子が実際にこんな町や村を訪れた作者の絵筆で、淡いトーンを基調に美しく描かれています。親子は果物を全部売った代金で子羊を買って村に戻ってきます。とても夕日が美しい。ただ、ヤモの兄さんが戦争に行っていることが初めに書かれていて、美しさの底に黒い流れがあるのです。最後にそれが表に現れます。冬にはもうヤモの村は戦争で破壊され、なくなってしまったのです。アフガニスタンが早く平和になって、国外に非難した人々がこの世界一美しい村へ再び戻ってこれるように、作者と一緒に願わずにはいられません。
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